SNSのいいねボタンについて考えてみよう。

ネット, ネットの話題

最近のSNSにはたいがいいいねボタンって機能があります。忙しい時でコメントする時間がない時は重宝していますてか大体そう言う使い方でしょう?コメントする暇はないけど見てますよって意味。言うたら既読ボタンな使い方。

Sponsored Link

 

 

それはそれとしていいねされると嬉しかったりで、まあ、ありな機能じゃないでしょうか?

なぜか日本ではいいねなんですが海外では一般的にLikeボタンであり共感できる時に使います。

でもいいねにしちゃうとgoodな解釈であり記事の内容によっては顰蹙を買います。俺としては不幸な内容ほど添える言葉がないのでいいねで堪忍して欲しいし、俺がなんか不幸を報告した際もいいねで済まして欲しいと思ってしまうのですが、どうも不幸な記事にいいねをつけると超顰蹙を買いハブられたりもあるそうです。

自分もFacebookで「不幸な記事にいいねはおかしいでしょう」と激怒してる人を見てその後その人には一切いいねもコメントもしなくなりました。だってその人の喜怒哀楽なんて分かんねえもん。悲しみ隠して楽しく書いてんのかその逆なのか。

じゃあ今日はいいねお願いしますなんて書いててくれたらいいのにと思ってしますのですが後日その人から「最近いいねもコメントも減りましたね」みたいなメッセが来た時はちょっと意味がわからなかったですね

ああ…SNSって面倒くせえ…。

スポンサードリンク

 

 

いやいや言ってしまえばユーザーが悪いのではなく語弊を招き局地的使用法しかない、いいねと言う単語にしてる運営が悪いのですが、俺は常々「既読なり読んだよ」ボタンにせえよと言ってるのですがあまり共感を得られた事がないところを見るとみなさんいいねがいいようです。

いっそ記事ごとに投稿者がいいねを設置するかしないか設定出来たら諍いもないのにと思ってしまいます。

自分自身こういう考え方を持っていると言う事はやはり個々人考え方が千差万別でなにいいねされても嬉しい人も居れば内容にによっては顰蹙を買ってしまうのでしょう。

いいねボタンの発祥のFacebookではどういう記事が共感を得ているかと言うデータ取りのものであり、非常に戦略的なものなんですよね。日本SNSの場合Facebookのいいねが話題だからとりあえずつけてみました感が拭えないので仕方ないかもしれませんがも。いいね、好き、悲しい、嬉しい、金返せ、これはいけない、声なき声に力を、(小並感)とか複数のボタンを設置しちゃえばいいのに。

まあ俺個人としてはあまり気にならないです。既読ボタンだし。悲しい時はコメントも上手く返せないからね。

多分俺は相当変わり者なのか実は共感してるサイレントマジョリティが多いのか。まあこのブログにいいねがついた試しはないが。

いいねしてやるよ(するとは言ってない)

 

 にほんブログ村 ネットブログ ネット評論へ
にほんブログ村

 

 

スポンサードリンク